3分で分かる、フッ素樹脂とは何か
今回は、弊社では残念ながらトライ・量産ともに不可能ですが、意外と身近で意外と凄い材料、フッ素樹脂についてご紹介したいと思います。フッ素ときくと、「歯医者でうがいさせられるアレのこと?」と思われるかもしれませんが、部分的に正解です。そのフッ素とプラスチックにどのような関係があるのかを、簡単に解説できればと思います。
「フッ素樹脂」と聞くと専門的に感じますが、実は多くの人がすでに日常で触れています。代表的な例がテフロン加工のフライパンです。この“テフロン”は、フッ素樹脂の一種であるPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)の商標名です。フッ素樹脂とは、炭素原子とフッ素原子が強固に結合した構造を持つ高機能プラスチックの総称を指します。この結合は非常に安定しており、熱に強い・薬品に侵されにくい・表面に物がくっつきにくい、といった、汎用樹脂では得られない特性を生み出します。
そのためフッ素樹脂は、調理器具だけでなく、半導体・化学・医療・航空宇宙分野など、信頼性が最優先される領域で使われています。
実は偶然見つかったフッ素樹脂
フッ素樹脂の歴史は1938年、アメリカの化学者ロイ・プランケット氏による偶然の発見から始まりました。冷媒ガスの研究中、実験容器内に生成された白い粉末が、後にPTFEであると判明します。当初は時代背景もあり、軍事用途を中心に研究されましたが1960年代にフライパンの焦げ付き防止コーティングとして民生化され、一気に認知が広がりました。日本でも1950年代から製造が始まり、現在では世界中の産業を支える基幹材料となっています。
フッ素樹脂が選ばれる理由
フッ素樹脂は、後述しますが加工難度が技術・環境共にとても高く、どの成形加工メーカーでも扱えるわけではありません。それにもかかわらず、多くの分野で採用されるのは他材料では成立しない特性を持っているからに他なりません。
まず一つに非粘着性が挙げられます。フッ素樹脂は表面エネルギー(ほかの物質とくっつこうとする力のこと)が極めて低く、汚れ・薬品・樹脂が付着しにくいです。中でもPTFEは、「固体材料の中では最も低い表面エネルギー群」に属します。加えて、表面エネルギーが低いということは低摩擦ということでもあるので、潤滑材なしでも高度に摺動し、摺動部品の寿命を延ばしてくれます。
また、耐熱はもちろん、耐寒性においてフッ素樹脂は他のスーパーエンジニアリング樹脂とは桁違いです。PEEKやPPSUにおいては実用可能温度の下限が-4~50℃とされていますが、PTFE・PFAは-200℃前後となっており、広い温度域で物性が安定しています。(上限は260℃程度ですが、高温化では柔らかくなる点に注意です。)
薬品にも強く、強酸・強アルカリ・有機溶剤にもほぼ侵されません。PEEK・PPSUではアルコールやアセトンなどの極性のある溶媒に弱いという弱点がありますが、フッ素樹脂は分子の表面がフッ素原子に覆われているため、これらに対しても非常に強い物性を発揮します。フッ素うがいも、歯の表面のエナメル質をフッ素でコーティングすることで酸に強くし、虫歯を予防するために行うものですから、説得力を感じる原理ですね。
電気絶縁性や耐候性も高く、屋外環境でも長期使用が可能なので航空宇宙分野でも多く採用されます。
フッ素樹脂はどこで使われているのか
たとえば家庭にあるようなものだと、ほんの一例でもフライパン・炊飯器内釜のコーティングやアイロン底板、作業着に採用される撥水/撥油加工衣類など多岐にわたります。
しかし、フッ素樹脂の本領域は産業用途といえるでしょう。具体的には、半導体製造にかんする装置部品の薬液配管・バルブ、化学プラントの腐食環境部品、医療機器のチューブ・流体部品、建築用膜構造材など、高い信頼性が求められる機能部品が主流です。工業用途ではとりわけ、薬液・超純水・高純度ガスが触れる部品において、真価を発揮します。
加工方法と技術的ハードル-普通の射出成形機で量産ができない
フッ素樹脂も「プラスチック」なので、成形加工自体は特殊な方法ではありません。たとえばPFAやFEPなら射出成形や押出成形を採用することができます。(PTFEに関しては少し特殊で、溶融しても流動しないため圧縮成形の手法を採ります。)
しかし、フッ素樹脂を取り扱っている成形加工メーカーは、そう多くはありません。かくいう当社も、フッ素樹脂材料の金型を作ることはできても、成形品をご提供することはできないのです。その最大の理由は、成形時に発生しうる分解ガスと、それに伴う設備・安全要件です。
フッ素樹脂はプラスチックの中でも、溶融温度が高い材料です。PFAやFEPを射出成形する場合、シリンダ温度はおおむね 350~420℃ という高温領域になります。この温度域は、PP、PEでの200℃前後、またABS、PCでの230~300℃といった汎用・エンプラ系樹脂のそれを大きく超えています。しかし、それだけでは普通の射出成形機で加工できない理由にはなりませんよね。
これだけなら融点の高い安定した物性だと言えるのですが、肝心なのはそれに加えて「温度限界を超えると一気に分解する」という性質を持っている点です。
温度管理を誤ると発生する分解ガス
フッ素樹脂の成形加工において最も勘案すべき事項、それは、フッ素樹脂が適正温度を超えて分解すると、フッ化水素(HF)などの有害ガスが発生することです。これらは金属を腐食させる性質を持ち、成形機や金型に顕著なダメージを与えます。また、当然金属を腐食させるほどの物質ですから人体にとっても猛毒で、吸引すると呼吸器や粘膜に深刻な健康被害をもたらします。ここで重要なのは、通常運転では発生しないが、「異常時」に発生するという点です。例えば、ヒータが意図せず暴走したり、材料をうっかり滞留させてしまったり、スクリュ内で局所的に過熱されてしまったりという、言ってしまえば「万が一に事故が起きた場合」とも言えます。しかし、この「万一」に備える体制がないと、量産は成立しません。
一般的な射出成形機では不足するポイント
通常の射出成形機では、フッ素樹脂に対応できない理由は複数挙げられます。第一に、上述のガスによる金属の腐食への対策です。分解ガスが腐食させるのは、シリンダ・スクリュ・ヒータ周辺・金型表面などのあらゆる金属部材です。そのため、前提としてフッ素樹脂専用仕様の射出成形機が必要になります。
くわえて、フッ素樹脂成形を安全に行うための環境整備です。分解ガスが発生した場合はもちろん、通常の成形においても微量のガスは発生しているため、一定レベル以上の排気・換気設備が求められます。フッ素樹脂専用ラインでは、成形機直上の局所排気、ガスを屋外へ確実に排出するダクト、作業環境基準を満たす換気能力が求められます。汎用樹脂を扱っている成形加工工場では、ここまでの設備は想定されていません。
機械や設備だけでなく、作業者教育と運用ルールも重要です。フッ素樹脂成形では、厳正な温度管理、パージ手順の徹底、異常停止時の対応フローなど、人に依存する管理項目が増えます。そのため、「誰でも回せる量産ライン」にはなりにくいのが実情です。
だから「フッ素樹脂は難しい」と言われる
このように、フッ素樹脂を成形加工できるとメーカーが少ないのは、単に材料そのものが危険だからではなく、「安全に成形するための前提条件が高い」、「量産設備・管理体制への投資が必要」という高いハードルがあるからです。その分、その高いハードルを越えて誕生する製品は、他材料では代替できない信頼性を発揮します。
まとめ
フッ素樹脂はその扱いの難しさから、いかに物性が優れているとはいえ万能な材料とは言い切れません。しかし、「他の材料では性能が足りない」、「腐食・劣化・不純物が許されない」といった条件下では、代替不可能な存在になります。材料特性・加工方法・用途を正しく理解することで、フッ素樹脂は「扱いづらい樹脂」から「信頼性を買う材料」へと評価が変わります。技術者・設計者・調達担当にとって、知っているかどうかで判断が変わる材料、それがフッ素樹脂です。
当社ではフッ素樹脂の射出成形は行っておりませんが、フッ素樹脂を材料とする金型製造は複数の実績があるほか、フッ素樹脂成形をされている同業他社様とのネットワークもございます。材料の選定や量産計画でお困りの際は、一度ご相談ください。