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樹脂はなぜ「樹脂」なのか?

プラスチックはなぜ「樹脂」と呼ばれるのか

― 植物からできていないのに「樹脂」という名前の理由 ―

射出成形や製品設計の現場では、「樹脂温度」「樹脂流動」「樹脂粘度」などの言葉が日常的に使われています。
しかし、文字通りの意味で考えれば、「樹脂(じゅし)」とは“樹木から採れる天然の分泌物”のはず。
石油由来であるプラスチックが、なぜ「樹脂」と呼ばれているのでしょうか?
今回は、材料の歴史的な背景と化学的な発展をたどりながら、その理由を解説します。


■1. 「樹脂」という言葉の起源と意味の広がり

「樹脂」という言葉は、もともと自然界の“樹木の涙”を意味していました。
代表的なのは、松の木からにじみ出る松ヤニ(ロジン)や、ラッカー(漆)、コーパルなどです。
これらは古代から人間の生活に利用されてきました。たとえば古代エジプトではミイラの防腐処理に使われ、ヨーロッパでは弦楽器の弓に塗る松脂、あるいは絵画のニスとしても利用されていました。

明治時代、日本に近代化学が導入される際、英語の resin が「樹脂」と訳されました。
当時の日本語では「プラスチック」という言葉がまだ存在しておらず、粘り・硬化・透明感を持つ化学物質を総称して「樹脂」と呼ぶようになったのです。
この時点で、「樹脂=resin」という翻訳が確立し、今日の用語の基礎ができあがりました。


■2. 天然樹脂を模倣した「人工樹脂」の誕生

19世紀後半、人類は「自然の素材を人工的に再現したい」という願いを持つようになります。
象牙や琥珀、亀甲などの天然素材は美しくも高価で、採取量にも限界がありました。
その代替として生まれたのが、世界初の人工プラスチック「セルロイド」です。これは綿花を原料とするセルロースを硝化して作られた、いわば“天然由来の人工樹脂”でした。

そして1907年、ベルギーの化学者レオ・ベークランドが発明した**フェノール樹脂(ベークライト)**によって、真に人工的な“合成樹脂”の時代が始まります。
彼はこの物質を “synthetic resin(合成樹脂)” と呼び、天然樹脂の性質を超える耐熱性と電気絶縁性を持つ新素材として発表しました。
これが、現代の「プラスチック」産業の出発点です。


■3. 「プラスチック」と「樹脂」は同義ではない

「プラスチック(plastic)」という言葉は、“可塑性(plasticity)を持つ物質”という意味をもっています。
一方、「樹脂(resin)」はそのプラスチックを構成する原料の高分子化合物を指す場合が多いです。

たとえば、射出成形に使用するペレットの段階では「樹脂」と呼び、
それを溶かして金型に流し込み、冷却・硬化させた後の製品を「プラスチック製品」と呼びます。

つまり、

樹脂=素材(ポリマー)
プラスチック=成形された製品

という関係にあります。

この違いは英語でも同様で、「resin」は主に化学素材、「plastic」は加工後の形ある物体を指す傾向があります。
日本では素材を扱う製造業が発達したこともあり、「樹脂」という言葉が定着したと考えられます。


■4. 「樹脂」という名が残った理由

初期の合成樹脂は、まさに天然樹脂を“模倣”するところから始まりました。
ベークライトは「天然樹脂を人工的に作る」という発想で生まれ、見た目や光沢も天然素材に近いものでした。
こうした歴史的背景から、人工的につくられた物質であっても「合成樹脂」と呼ばれるようになったのです。

さらに、日本語としての「樹脂」という言葉には、“粘り気をもって固まる”という感覚的なニュアンスがあります。
このイメージが、プラスチックの加工プロセス――つまり加熱で柔らかくなり、冷却で硬化する可塑性――と非常に近いため、
製造業の現場でも自然と「樹脂」という言葉が使われ続けてきたといえます。


■5. 現代の射出成形現場に見る「樹脂文化」

今日の射出成形現場では、「樹脂流動解析」「樹脂温度制御」「樹脂圧」といった専門用語が定着しています。
これらは“素材の性質”を重視する日本のモノづくり文化を反映しており、
単なるプラスチック製品の製造ではなく、「樹脂そのものの挙動を理解し、制御する」技術体系として発展してきました。

また、樹脂は石油化学系だけでなく、近年では植物由来のバイオマス樹脂や生分解性プラスチックなど、再び“自然への回帰”を見せています。
つまり、「天然樹脂 → 合成樹脂 → バイオ樹脂」という流れの中で、
「樹脂」という言葉自体が人と自然、科学をつなぐ架け橋のような存在になっているのです。


■まとめ:樹脂という言葉に宿る技術の系譜

プラスチックが「樹脂」と呼ばれる理由は、単なる言葉の習慣ではありません。
それは、人類が自然の素材に学び、化学の力で模倣し、さらに進化させてきた歴史の証です。
樹脂という言葉には、自然への敬意と、技術革新の歩みが凝縮されています。


執筆:株式会社三幸 設計営業課
監修:樹脂成形技術チーム(射出成形技術担当)
出典:Leo Baekeland, Journal of Industrial Chemistry, 1909
参考文献:日本塑性加工学会「プラスチック材料学入門」/高分子学会誌第70巻(2023)